目次
DATA
- タイトル:亡びの国の征服者~魔王は世界を征服するようです~
- 作者:不手折家
- 掲載媒体:小説家になろう
- 連載開始年:2015年

概要
本作は2015年より『小説家になろう』にて連載されていた戦記小説です。
第一章から第十六章が第一部とされ、2019年より第二部が連載中となっています。オーバーラップより書籍化され、同社のwebコミック誌『コミックガルド』にてコミカライズ版が連載されています。
地球と同じ地形の世界へ転生した主人公
本作の主人公は多少の金銭を得るもやる気も無く怠惰に過ごしている青年でした。しかし彼はある日川で溺れた少女を助けるも自分は水死してしまいます。
そんな彼が目を醒ますと、見たことの場所で赤子として生を受けていました。
こうして異世界にて「ユーリ・ホウ」として転生した主人公。ユーリの父「ルーク・ホウ」は王国の地方領主ホウ家の一員ですが、実家から距離を置き、騎乗用の鳥『カケドリ』と人ひとりを載せられる鷲『王鷲』を育てる事で生計を立てていました。ユーリの幼少期は平穏に過ぎて行きます。ユーリは前世が家族崩壊していたため、ホウ家の両親に対して強い思い入れがある様に感じられます。
しかし隣国へ援軍に赴いたルークの兄であるホウ家当主が王鷲による特攻を敢行した事により、一悶着あった末に元々乗り気では無かったルークがホウ家当主となります。この辺りはユーリが転生者特有の聡明さを発揮していた為、ユーリが当主となるまでの繋ぎというホウ家内部での考えがあった様です。
そうしてユーリはホウ家本家の館に住むことになり、先代の娘で従兄妹にあたる「シャム・ホウ」との交流やホウ家家臣に武芸を磨かれ、ホウ家に地図を見て世界が地球と同じ地形である事を知ります。当初は説明が容易だから地形はそのまま用いたのかと思いましたが、ユーリが未確認部分も含めて世界の地形を把握しているという点に意味が出てくる様になっています。
それから程なくユーリは『騎士院』と呼ばれる学院に入学します。試験を当然の様に主席でパスし、試験2位の秀才「ミャロ・ギュダンヴィエル」、王国の第一王女「キャロル・フル・シャルトル」、寮の同室で父親が友人同士の「ドッラ・ゴドウィン」らと学園生活を送って行くことになります。
滅び行く王国
本作はいわゆる知識チートと呼ばれる系統の作品と言えます。魔法などが無い世界観で、武力は家臣に鍛えられたとはいっても同年代で上位という程度です。
そこでユーリが頼れるのは幼い頃から書き記した前世からの知識と言えます。また前世では理数系が得意だった様で、その知識で様々な物を手探りで作って行き、次第に財をなして行きます。
そういった様子が描かれていますが、本作の世界観は思いの外殺伐としていて、ユーリたちの人種である『シャン人』は世界的多数派の人種である『クラ人』に生存圏を切り取られて行っています。かつてはユーラシア大陸の北側一帯を支配下に置いていた様ですが、クラ人から宗教的理由から悪魔と呼ばれて標的にされ、数百年でスカンジナビア半島に押し込められてしまった様です。更に悪魔呼ばわりされている以上、クラ人支配地域でシャン人の人権は無く、良くて奴隷といったといった所です。
その上王国内は『魔女』と呼ばれる世襲制の役人が利権争いに精を出し、軍は『将家』と呼ばれる大領主が個別に軍を率いるという封建制の悪い点が出てしまっていて、現状のまま侵攻を受ければ滅亡は不可避という内憂外患にも程があるといった印象です。ユーリが学業の傍ら起業して蓄財に精を出したのも、この財産で新大陸を見付け、そこに旧体制の手が及ばない新国家を建設してシャン人の新たな生存圏としようと目論んでの事でした。
つまりユーリ自身は現在の体制に見切りをつけていて、新大陸に新体制で生存圏を築くつもりだった様です。当然その過程で家族や親しい人物を移住させるという事も考えていたでしょう。
しかし事態は急速に悪化して行きます。
ユーリの初陣
中盤に入るとシャン人国家である隣国に再度の侵攻が行われる事になり、王女キャロルの提案により、自国への侵攻に備えて実際に戦場を見学する騎士院生による部隊が結成され、ユーリが団長に任命されます。ユーリはキャロルの帰還を最優先と考え、王鷲で見て帰るだけとプランを考案しますが、いざ戦場付近に到着すると不測の事態が発生します。
ここから徒歩で戦場を離脱する様がしばらく描かれますが、追手を不意打ちしたりと孤軍故の泥臭い戦いとなっています。
特にある騎士との死闘は『逃走編』一番の見所でしょう。ただキャロルとの関係が吊り橋効果的に進展する点がストーリー上では大きいと言えます。
そうして苦労の末仲間と合流するも、今度は隣国の避難民を連れて自国まで撤収する事になり、しかもその事を掴んだクラ人の軍団が少数で一気に国境付近まで追撃してきていました。下手をすれば長坂の戦いさながらといった様相になったと思われますが、ユーリの作戦、指揮により敵を足止めし大きな被害を出さずに撤収成功し、ユーリの名はクラ人側にも知られていく様になります。
この様に中盤は結果的にユーリの初陣となった一連の戦が描かれています。ユーリ自身は充分とは言えないながらも目的は果たしたと言えますが、シャン人側は敗北し王国はいよいよ追い詰められて行きます。
怒涛の終盤
終盤、王国内で宮廷クーデターが勃発し、ユーリは守ろうとしていた物を失う事になります。中盤は戦場を生き延びるというそれはそれでシリアスですが、終盤は非常に重い展開を含みます。復讐に燃えるユーリはクーデターの背後にいた売国奴を殲滅し、返す刀で王国の実権を掌握します。
これまでの様に将家の軍が個別に動くのでは無く、ユーリが総指揮者となってその下で動く。この体制となって初めてシャン人側に勝機が出たと言えます。
更にユーリは侵攻してきたクラ人の軍勢に対し縦深防御、焦土戦術を持って対抗した後決戦に望むのでした。
文章など
本作は基本的にユーリ視点の一人称で進みます。
この基本的な文体はユーリが転生者という事もあってか非常に砕けた文体となっています。
そのため読みやすい事は読みやすいのですが、口の悪さが目に付く印象でした。
また他人物視点の話ですが、序盤は一人称ですがその後は三人称となっています。途中他視点の話が増える場面もありますので、一人称だと難しいのかも知れません。
人物視点以外にも序盤に登場したBL本風味の作中作や要所で出てくる解説文なども楽しませてくれます。解説文はwikipediaを模倣した様な凝った部分もあったりします。
またユーリの謎に拘っていた部分が伏線となっていたのは驚かされました。
世界観
世界が地球と同じ地形という事もあってか、世界観としてはヨーロッパは十字架を掲げる宗教が中心であるなど、現実世界を踏まえている部分が見受けられます。
また各国家も現実の歴史上に存在した国家を元ネタにしている面がありますが、歴史などの設定はある程度作られている様に見えます。
まとめ
異世界転生から始まりますが、全体的には非常に読みごたえのある戦記ものという印象でした。個人的には中盤からは先が気になり数日で読んでしまったという事もあり、他の事があまり手に付かなかったため今回感想を書かせて頂きました。
特に終盤はこういったタイプの小説でこういった展開があると思っていなかった事もあり衝撃的で息を呑む物がありました。
そして第一部ラストでは名実共に王国のトップとなったユーリ。その復讐は世界をどの様に変えて行くのかも注目と言えます。