目次
DATA
- 刊行年:1997年
- 著者:清涼院 流水
- 出版社:講談社
- レーベル:講談社ノベルズ

推理小説のありとあらゆる構成要素をすべて制覇すべく犯行を続ける「犯人」…その正体は、限られた「登場人物」の中の一人。
Amazonより
「すべてのミステリの総決算」
「すべてのミステリの総決算」-本作にはそう銘打たれています。
なんだかすごく大げさな気がしますが、辞書で「総決算」の意味を調べた所、「一定期間の収支・支出の決算|物事の締めくくり」とあり、本作は当然後者の意味合いを持って書かれたと見るべきでしょう。
本作の内容ですが、広大な建築物の旅館『幻影城』で連続殺人が起こるという話で、前作と比べれば本格推理っぽい内容となっていますが、「っぽい」というのがポイントです。あくまで本作は作者の言う所である「流水大説」なので油断は禁物です。
本格推理小説っぽい
国内推理小説史上で「三大奇書」と称されている作品群があります。
- 夢野久作「ドグラ・マグラ」
- 小栗虫太郎「黒死館殺人事件」
- 中井英夫「虚無への供物」
本作では、上記のいわゆる「三大奇書」に竹本健治「匣の中の失楽」を加えたものを「四大ミステリ」として紹介し、かつそれらを意識した内容になっております。もっとも「匣の中の失楽」自体が「虚無への供物」の影響を受けたような作品となっています。
それら四作に共通する内容というのは、『結末がはっきりしない部分がある』『単なるミステリーの枠にははまらない』『常人には理解しがたい動機』といったところでしょうか。これらは個人的見解ですが。
本作はこれらの部分は充分すぎるほどに備えています。また、本作の見所のひとつとして、「推理小説の構成要素三十項」があります。本作ではこれらを制覇する、というような意気込みが見て取れとれ、本作も過剰に詰め込み気味です。
それよりも、肝心の「三十項」からして、偏りがあるようでして。
13 アナグラム
25 動物トリック
29 色盲の人物
といったものが入っております。『アナグラム』は単語の文字を入れ替えて別の単語を作り出すというものでして、清涼院流水氏が非常に非常に非常に好んで偏愛しております。というよりも『流水大説』以外のミステリーでそれほど見た覚えが無く、一般的な要素とは言えないような気がします。
また「動物トリック」や「色盲」といった要素も一般的とはいえないような気がします。
その為無理やりキリの良い数字にしたという印象も無くはありません。
舞台となる『幻影城』についてですが、この建物についてははっきりしたことは分かりません、色々な部屋があることは分かりますが、図面が無いこともあり全体像が見えてきません。
しかし、本作で取り上げられている小栗虫太郎「黒死館殺人事件」でもいえることで、こちらも舞台となる洋館の細かい様子は描かれますが、全体像がはっきりとは見えてきません。本作がこういった作品を意識していた事は間違いありませんが、ここまであわせたのが、意識した結果なのか、あるいはたまたまなのか分かりかねる所です。
要素
本作で重要な役割を果たすのが「作中作」です。これは「四大ミステリ」のうち三作で使用されている要素で、ミステリーの枠を破るのにはうってつけということもあり、例によって過剰搭載されています。とはいえ「虚無への供物」や「匣の中の失楽」ほど有効利用されているとは言えず、どちらかといえば見え見えといった所です。
さて、本作で一番使用されている要素は何でしょうか。密室? 物理トリック? どちらもどうでもいい程度です。一番頻繁に登場するのが「犯人の残した手がかりによる言葉遊び」です。本作の犯人は尋常でないほど手がかり? を残していきます、とはいえそれは到底物証といえるものではありませんが、「物証」という概念が薄い「流水大説」においてそんなものは些細なことです。要は「犯人はこの手がかりで何を言いたいのか」といったことを当てるのです。
例えばある現場のあった絵がさかさまになっていて、それが犯人の残した手がかりか、手がかりだとすれば、なぜ残したのか。他の人物に容疑を擦り付けるためなのか。ずっとこんな調子です。こんなものばかり追いかけても犯人にたどり着けるはずありませんし、もしかしたらそれが犯人の狙いだったのかもしれません。
こんな馬鹿げた手がかりを多数残す犯人は何者か、という気がしないでもありませんが、例によって人物像が曖昧ですのでそんなこともあまり気にならなくなります。
本作の要素でそれに次ぐのが、「アナグラム」と「暗号」でしょう。「アナグラム」は先ほど触れましたが、とにかく頻繁に登場します。手がかりひとつにつき一回は出てきているのではないか、という気もしますが、それは言いすぎかも知れません。しかし過剰に出てくるのは確かです。
『暗号』も出てきますが、本作の暗号は作者意外には分からないような代物ですので、特に語る必要性を感じません。
まとめ
本作は本格推理小説、特に「四大ミステリ」と呼称している作品を強烈に意識していますが、やはり「流水大説」であることは動かせません。
これまでの感想でそれとなく言ったつもりではあります。
そう言うわけで、本格推理を楽しみたい方には積極的にお薦めはしません。
とは言え「推理小説の構成要素三十項」を提示してそれを網羅する。つまり作者が考える本格推理小説のあらゆる要素を盛り込もうとした意気込みは評価に値すると思われます。